有名になりたい気持ちと共存する

自分迷宮

自分はこんなにすごいんだ、こんなに役に立つ人間なんだ、そう認められて欲しい、自分を見て欲しいという、他者承認欲。湧き起こるこの自己にまみれた気持ちとどう共存していけばいいのか。一筋の道しるべを探っていく。さぁ、君も自分迷宮を探索しよう。

承認欲とは

困ったね、じこしょうにんうんちゃら という言葉の意味が分からないと路頭に迷うなぁ。じゃあまずはその意味から探ろう。

端的に言うと、自分という存在、自分から端を発する行動や発言を認めてほしいという欲求

でもでも、欲求って他にもあったような。気になって先に進めない、調べてみよう、ふむふむ。

 

人の欲求を理解する

ほらやっぱり他にもあった。マズローさんが言ってる、人間の五段階欲求説。

マズローの欲求5段階説をこの上なく丁寧に解説する。あなたの欲求はどのレベル?by「自分コンパス」

 

 

じゃあ、承認欲は何位だろうね。一、二、三、え? 四位? 優先順位としては、「生理的欲求」、「安全を求める欲求」、「他者との関わりを望む欲求」の次だ。「自己実現欲」の下に位置する。

自分を淡々とこなし続ける自己実現欲ってすっごい頂点なんだ。で、その下が「承認欲」。その下層に、三段積み重なってるね。この三段を順に満たしていった先に、認められたい気持ちが生まれる、そういう訳だって、マズローさんが言ってるのは。

まぁ、人によって順位が逆転するって誰か言ってたような気がするけどいいや。

だから、今はそうすると、お腹いっぱい、トイレは用済み、少なくとも不安定な崖の上ではない場所にいて、少なくとも記憶の中でも一人とは他人と関わったことがある状態なわけだ。

 

吾

なんだか見えてきたようでますます迷い込んできたぞ……。この不安と焦り今すぐにでも犬に食わせやりたい、ぐぬぬ。

 

 

生まれた感情を消すのはストレス

思いの外食わせる犬が見つからない。探すのに労力がめっちゃ要るな。息切れしてきた、ちょっと休憩。

誰かに認められたい、見てほしい、注目してという欲求に限らず、生まれた感情を押し込めようとするのはとてもエネルギーが要る。無理に押し返すと、反発でストレスを食らうこともあるんだ。

人が生まれたのを勝手に消すことができないように、誕生してしまった感情を消すのは至難の業。ならばどうにかして抱えたまま、感情を操る方法を考えればいい。

吾

ところで、誰かぁーー居るかーーい?

 

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承認されるには他者が必要

ここでまず、他人は自分ではどうにも変えられないことを前提として知っておかなければならない。他人を変えられると思っている間は子どもだと言われたことがある。人生をある程度積んできた人ならそのことは嫌いうほど身に染みているにちがいない。

 

吾

「タコはイカには変えられない」っと

次にこの迷路には自己探偵・吾、一人しかいない。どんな名推理を持ってしても、それを誰かに知らせる術もなければ、誰が「名」推理と冠を付けてくれるのだろう。自分でそう自信を持とうにも、一体何と比べてより優れた推理なのだろうか。

「自分を認めてほしい」という承認欲であるのに、他己が必要なのだ。変な話である。でも単純なことだ。自分を自分で認めて満足できたら、承認欲で悩む人はごっそり減っているはずだからだ。自己承認欲にどうしてもついて回るのは、自分ではない他人の存在だ。

他人に反応をもらって、すごいとほめられて、もてはやされて、承認欲が満たされていく。自分で自分を同じように褒め称えて満足できる人は果たしてどれぐらいいるだろうか。

ここで押さえておかなきゃいけないのは、「承認欲」には、「他者が必要」で、他人は自分、つまり、自己では他己は変えられないということ。だから、他者にもっと私を認めるように強制しても、承認してもらえるとは限らないということを肝に銘じなければならないのだ。

 

吾

ええい! わずらわしい! タコなど屋台で焼かれて包まれてマヨソースまみれになってろ。

 

他者を変えられない、ならば自己を変えるしかない

自分を変えるなんてそんな無理に決まってる! だって認められたいし、Twitterでいいねほしいし、俺様の推理がピカイチだぜって自慢したいし……。

そう、生まれてしまった認められたい気持ちを消せなんて無理だと言った。でも、他人を動かすことはできない。じゃあどうする。

折り合いをつけられるところから手を付けていけばいいのだ。壁に当たって弾かれたらまた戻る。ボールを壁に向かって投げたら跳ね返ってくるから、取りに行けばいいし、また新しいボールを投げてみてもいい。いつかキャッチできるといいな、と思って。

 

吾

あのさ、壁ばっかなんだけど、誰が作ったの?

 

 

強すぎる目立ちたい欲は逸らす

脳筋なんてバカじゃあるまいし、鍛えれば煩悩も全部一発解決なんてそんなバカみたいな話あるわけ……。

運動すればだいたいのことはどうでも良くなるらしい。他に吐き出す方法を考えればいいのだ。自分が無意識に何も考えずに、見返りを求めずにやること、例えば寝るとか、食べるとか。

考えてみよう。寝ることに強烈に期待を込めるだろうか。朝起きたら、眠りのプロになってて、皆にチヤホヤされる? 食後に強烈な眠気には襲われても、私の食を皆見て! という強い主張が湧き起こるだろうか。ご飯を食べたら途端に人に囲まれて食レポせがまれてうほうほになるだろうか。

自分が過剰な期待を求めずに取り組めることに、上手に背中を押してやればいい。認めて認めて牢に捕らわれそうになったら、抜け出すための訓練をする。自分の感情の渦から脱獄してやるつもりでワクワクと。

体を動かすのはそういう意味でも都合がいい。頭だけでぐるぐる煮詰まった思考を連れ出してくれる。というのも、脳に酸素と血液がほどよく回るからなのだが。

運動と言っても大それたことをする必要はなくて、気分転換に散歩、掃除、ストレッチでもいい。何かしら無理なく逸らせる方法が周りにはいっぱい溢れてるので、探偵のように鼻なり耳なり手なりをヒクつかせて探しに行ってみてほしい。

 

吾

犬のようにかぎまわる探偵ってなんだか滑稽に思えてくる。ああいうのをバカになるって言うんだ。バカってみんなが思うのとちがくて、素直になることなんだけどな、きっと。

生まれたものと共存すること

やたらめったら推理棒を振りかざして犬を追い払い続けた彼の有名な私は、ついに払うものがなくなって、空振って自分の頭に直撃しました。

実は否定し続けると今度は厄介にも自己肯定感が低くなってしまうのである。自分から生まれた感情という存在そのものを否定するので、自分はダメな存在なんだ、どうせ自分なんてと自己卑下に陥ってしまいがちなのだ。

だから、共に生きること。お前なんか要らないって言うと、自分も要らないに、置き換えちゃうから。自分の感情を征服してやるっていって戦ってみてもいいんだけど、さっきも言ったように、すっごい疲れる。

もう身を任せて、お茶でもして、どうぞ長居してと表面は取り繕いながら、心の中ではそっぽ向いていればいい。頭ごなしに否定すると、熱々のティーカップが飛んでくるから、気をつけて。

ガッチャン。

 

エ◯ル
エ◯ル

あらあら、お掃除が大変ね。

 

私はカップの冷めた白湯を啜りながら思う。

この割れたカップが散乱した床をあわあわとするこの方は今しがた現れて、慌てたうさぎにカップを投げつけられたのだけど、一体どこらか来たのかしらと。

この記事を書いた人
きよね りん

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